上田文雄前札幌市長はこのほど、地下鉄東豊線の清田区への延伸について「国が、認可の条件にしていた『30年で黒字化』にこだわらない方針を表明したのだから、地下鉄延伸についてきちんと検討したらいいのではないか」と発言しました。地下鉄東豊線建設促進期成会連合会と地域メディア「ひろまある清田」の調査取材に答えました。
札幌市は板垣武四市長(1971年~1991年)と桂信雄市長(1991年~2003年)の時代は、地下鉄東豊線を清田区まで建設する方針でした。しかし、上田文雄市長(2003年~2015年)の時代に「国の30年黒字化基準があるので建設は難しい」として地下鉄延伸を凍結してしまいました。
秋元克広市長(2015年~)も「清田延伸を検討する」としつつも基本的に、この凍結方針を引き継いで今日に至っています。
延伸を凍結させた上田前市長が「きちんと延伸を検討した方がいい」と従来と正反対の姿勢に転換したことは、地下鉄清田延伸論議に大きなインパクトを持つと思われます。
国が「30年基準」にこだわらない方針を出したというのは、どういうことでしょうか。
これは、2022年2月、衆院予算委員会で、国土交通省の上原敦鉄道局長が立憲民主党の荒井優議員(北海道3区、比例復活)の質問に答えて、「地方公営交通の場合は、事業主体がしっかりしていることから柔軟に対応している」と、30年基準にこだわらない見解を示したことを指しています。
30年基準とは、「30年間で総収入が総経費を上回らなければならない」というもので、札幌市は上田市長の時代から、これを「国の地下鉄認可の基準」と言って、「地下鉄清田延伸は困難」としてきました。
地下鉄の清田区方面への建設は、昭和54年(1979年)に札幌市(板垣武四市長)が打ち出した「地下鉄50キロ構想」がルーツです。これは、札幌の地下鉄として南北線、東西線、東豊線の3線(総延長50㎞)を整備するというもので、この中で清田区への建設が盛り込まれました。後に、札幌市の長期計画にも正式に載りました。
札幌の地下鉄は、「50キロ構想」に基づき着々と建設され、最後に東豊線の福住―清田間4.2㎞だけが残るだけとなり今日に至っています。
この間、清田区が1997年に豊平区から分区して誕生しましたが、その際、新生清田区が策定したまちづくりの方向性を示す「清田区まちづくりビジョン2020」でも、地下鉄東豊線を福住駅から国道36号線に沿って清田地区(清田区役所や西友清田店がある地域中心核)まで延伸させる計画を、まちづくりの柱として盛り込みました。これは桂信雄市長の時代(1991年~2003年)でした。
さらに、桂信雄市長は1999年、総交審(総合交通対策調査審議会)を設け、清田までの延伸の是非を取り上げ、さらなる検討をしました。
その結果、2001年に総交審は「地下鉄の清田延伸に向けた検討を進めていくことが必要」「清田方面は人口も集積しつつあり、さらに後背圏での人口増加も見込めるなど、地域中心核としてのまちづくりが必要になっている」「軌道系交通機関の整備は、都心から清田地域中心核に向かって骨格軸が形成され、地域中心核の育成・整備に寄与する」として、「地下鉄を清田まで延長すべし」との結論を打ち出したのです。
ところが、次の上田文雄市長になって、札幌市は清田までの地下鉄延伸を一転凍結してしまいました。前述した通り、この時、札幌市が理由として持ち出したのが「国の30年基準」です。
これは、繰り返しになりますが、建設から30年間で、総収入が総経費を上回る、つまり累積黒字になるのが国の認可の条件というものです。
実際、上田市長は、「清田への延伸ができないのは、この国の30年基準があるからだ」と、清田区に来て何度も述べていました。
例えば、上田市長は2013年10月、イオン平岡店で開催した市長と区民の意見交換会「ふらっとホーム」で次のように発言していました。
「地下鉄建設は国の認可事業です。国は採算性が見込めないものは認可しません。地下鉄清田延伸には800億円くらいかかります。これを30年で黒字化しなければならないというのが今のルールです。しかし、札幌市は清田延伸について何度も計算しましたが、30年間で運賃収入による黒字化ができないのです。これが一番のネックです」
2014年9月にも、やはりイオン平岡店で開催した「ふらっとホーム」で次のように述べていました。
「お金を借りて地下鉄を造って、30年間で返していかなければならない。その資金は運賃収入で賄うというのが大原則です。それに適合しないと、申請しても認められないのが今の制度です。清田区は採算ラインに乗らない」
札幌市は、「国の30年黒字化」が絶対基準のようなニュアンスで、「清田延伸を難しい」と、延伸を願う区民に言ってきたのです。
上田市長の後継の秋元市長も「札幌ドーム隣接の北海道農業研究センターの土地活用の動向を見ながら、延伸を検討していく」という上田市長とは若干ニュアンスの違いをにおわせながらも、基本的に凍結のままです。
こうした中、2022年2月に国土交通省の鉄道局長から飛び出したのが、「30年基準にこだわらない」という旨の発言です。
2022年2月16日、衆議院予算委員会第八分科会において、荒井優議員が地下鉄清田延伸を念頭に「30年基準」なるものを取り上げ、国土交通省に見解をただしました。そのやり取りは次の通りでした。
■荒井優議員
地下鉄についてお伺いします。札幌市営地下鉄の延伸という話が地域では、ずうっとあります。雪国においては、やはり地下鉄の方が、利便性が高い。特に、今回の大雪の時でも、スムーズに運営しているのは地下鉄だけです。今回の札幌の雪害では、バスも止めざるを得ないほど雪が降ったわけですが、地下鉄は普通に運行していました。
今回、お手元に資料をお配りいたしました。これは地下鉄延伸を希望する地域の皆さんが札幌市長に出された要望書です。この要望書の中にも記載がありますが、「地下鉄の延伸について札幌市は、30年で累積赤字解消が地下鉄認可の国の基準だと言っている」と書かれています。こういう基準で国は地下鉄延伸というものを認可しているのか、教えてください。
■上原敦・国土交通省鉄道局長
地下鉄延伸などの鉄道プロジェクトの推進に当たっては、自治体や事業者をはじめとする関係者が連携して、需要の見通し、収支採算性、費用対効果など具体的な事業計画の検討を行うことが必要になっております。
国土交通省としては、こうした事業計画を踏まえて地下鉄整備に際しましては、地下高速鉄道整備事業補助により、整備費用の最大25.7%を国費で負担し、公営事業者等の支援を行っております。さらに、地方からも28.6%の補助があり、合わせて補助金として整備費用の54.3%という公費が入ります。また、地方の出資金もございますので、最終的な借入金は事業費の4分の1くらいになります。
その場合、収支採算性については、30年を一応の目安という形にしておりますが、地方の公営の場合は、公営の事業主体がしっかりしているということもあるので、その点については、より柔軟に対応させていただいておるところであります。
■荒井優議員
ありがとうございました。引き続き、地下鉄の延伸についてもしっかりと取り組んでいきたいと思いますので、また、いろいろと教えてください。
このやり取りで分かる通り、札幌市が「絶対的な基準」であるかのように言ってきた「30年基準」について、国は、国会の場で正式に「絶対的な基準ではない」ことを明らかにしたのです。
さて、ここで冒頭の上田前市長の発言に戻ります。
上田前市長は「私が市長をやっていたときは、やはり国は『30年基準』の問題があって認可しない姿勢でした。しかし、国の方針が変わり、『30年にこだわらない』という見解を国は表明した。「考えなさい」という選択を与えたのだから、地下鉄延伸を検討しない、何もしないということにはならないのではないでしょうか。ちゃんと検討したらいいと思う」。
さらに、「まちづくりの観点からの検討もしたらいい」とも発言しました。
「まちづくりの観点から」というのは、地域交流拠点清田(清田区役所や西友清田店がある付近)まで地下鉄を延伸させ、地下鉄駅を核に清田区のまちづくりを進めたらいいということと解釈できます。
札幌市は市内17か所の地域交流拠点を指定し、各地区で拠点を中核にしたまちづくりを進めています。しかし、この中で清田だけは地下鉄またはJRの駅がないために、中心核づくりが進んでいません。
清田区と豊平区の町内会連合会や清田地区商工振興会などでつくる地下鉄東豊線建設促進期成会連合会(会長:牧野晃清田地区町内会連合会顧問)は、「国の30年基準」を根拠に、採算性というモノサシだけで、「清田延伸は困難」と言ってきた札幌市に、様々な観点から意見を言ってきました。
つまり、「公営交通なのだから採算性だけで判断するのではなく、地域住民の足の確保、清田区に地域中心核(地域交流拠点)をつくるために地下鉄が必要というまちづくりの視点など総合的に判断すべき」と、毎年、市長に要望書を手渡してきました。
全国の政令都市の地下鉄はどこも多くの累積赤字を抱えながらも建設、運営されています。なぜでしょうか。公営交通だからです。各市とも「市民の足の確保」「交通インフラの整備」を行政の責任と考え、採算性だけでない判断をしているからです。
かつて、地下鉄清田延伸に「待った」をかけた上田前市長も、今や延伸に前向きな姿勢を示しています。ぜひ、秋元市長には、地下鉄清田延伸を早期に決断してほしいものです。